6月26日〜7月2日の記録。(とても長いです。)

26日(金)午前、K病院にて2度目の仙骨裂孔ブロックを受ける。一週間前に1度目を受けた後は少しづつだが日ごと症状は改善。この日も注射後はそのまま会社へ行き普通に仕事をする。
21:00 会社にて腰に違和感を覚えすぐに横になるが左腰〜左脚に激痛が襲って来る。スネから血が噴き出しているのではと思ったそう。迎えにいった車になんとか乗り呻きながら帰宅、すぐに横臥、引き攣るような裂けるような痛みに「うあーーっ」と何度も声をあげるほど。座薬を入れ15分程経つと少し痛みが減る。が、また一時間後には激痛が戻る。朝まで痛みで眠れず。

27日(土)8:00 自力で起き上がり必死でトイレに行くもその後は更に激しい痛み。座薬も効かず。寝ていても痛くて常に唸る状態。ヘルニアの痛みには慣れたef夫だが「この痛み方はちょっとおかしい」と苦痛に歪んだ顔で訴える。
10:00 かかりつけのK病院にtel、症状を話し、救急車で搬送することに。119にtelして5分後に到着、私は外に出て手を大きくあげて迎える。必死。

2階からef夫を寝たまま下ろすためには駆けつけた救急隊員4人では足りず、すぐに応援を要請、今度は消防車がやってきて隊員3名が加わる。狭く曲がった階段を上手に運んでくれる。

たくさんの隊員たちに興奮するエフをなだめ抑えながら深呼吸して見守る。

10分後病院に到着するも土曜午前の外来は大変な混雑で救急処置室でしばらく待たされる。この時間が長い。痛みは凄まじいようでずっと悲鳴を我慢したような唸り声をあげている。医師がやってきて診察、痛み止めの筋肉注射を処置。すぐに痛みが遠のき朦朧とする。が、1時間半後、また痛みだす。寝たままでも痛くてどうしようもない。→緊急入院となる。

ストレッチャーで病室まで運ばれベッドの上に一回転して移る。(大変)
しばらく横になっていると、ベッドのマットがエアマット(何故にエアマット?)だったため体(腰)が沈みどうにも痛みが増してくる。エアマットをはずしてせんべい布団にしてくれと要請。看護師がたくさんやって来てエアマットをはずし普通の固いマットに。

痛みは少しましになる。でも同じ寝方でじっとしていることができない。右向き、左向き、背中にクッションを当てたり脚の下にクッションを入れたり、何度も何度も痛くて体勢を変える。
16:00 おしりから注射、筋肉の緊張を和らげる作用のものらしい、即効性はないが続けて打つと改善するとか言ってたような。
しかしその後も痛い。
18:00 夕食が運ばれてくる。寝たままおにぎり一個弱、鶏肉少し、ブロッコリ少し、缶詰のモモ少し、「まずい」と言いながら必死で食べる。食後の薬を服用するため。
薬:ロキソニンムコスタオパルモンメチコバール
薬を飲んでも全く痛みは軽減されず、夜中痛い、一度座薬を入れるが効かない。
痛みと疲れで朦朧としながら朝。

28日(日)7:00 あまりにも激痛が続くので医師に相談したいと看護師に告げる。
若い当直医がやってくる。経過と症状を伝えるもヘルニア治療の教科書通りのことしか言わない。断続的な激痛になんの処置もないことに耐えきれず「治療方針を再考してほしい」「できれば手術してほしい」「ここでできないのなら前回手術した東京医療センターに移りたい」とef夫訴える。しかし、移ったとしても恐らく同じ処置だ、担当医の許可なく転院はできないと。痛み止めを増やして痛みを抑えることをまずはやりましょうと。痛みで身動きできず従うしかない。。。
8:30 腕から筋肉注射(感覚神経を麻痺させる麻薬系)、痛みが和らぐのと一緒に眠気もやってくる。うつらうつらするが2時間程で痛みで起きる。体勢によっては痛みが軽減してしばらくそのままでいられたりすることもある。横向きで背中にクッションが良いことが多い。
12:00 昼食のため体を仰向けにしたらまた激痛が走る。少し動いた拍子にピーンと痛みが走ることがよくある。ただ昨日のような途切れなくのたうちまわるような痛さが減ってきたようにも思える。
おにぎり一個弱、いんげん3切れ、魚の天ぷらみたいなの一口
薬を飲み、横向きで1時間程眠る。時々痛みが走るようで顔をしかめることしばしば。
それにしてもここの看護師たちは何故何かを頼むときょとんとする?何故面倒くさそうにする?何故患者の容態を把握しようとしない?何故勤務交代のとき引き継ぎをしない?
「最悪だ」とef夫。ナースには何も頼まなくなる。
15:00 おしりから打つ注射(筋肉の緊張を和らげる作用のあるもの)はどうするかと聞かれる。昨日はそれをやってからさらに痛くなったため見合わせる。尿瓶で小をするため少し動いたらまた激痛。目をぎゅっと瞑ってじっと耐える。
ちょっと寝返りを打つたびにピキンと痛む。かといってずっと同じ姿勢でいても痛い。どうすればいいのかわからない。
「もうつかれた…」と絶望的につぶやくef夫。
18:00 耐えきれず私がナースコール、座薬を入れてもらう。
18:30 全く効かない。痛くて唸りっぱなし。顔をしかめてきつそう。痛くて寝ていられない、でも起きたくても起きられない。どうにもならない。とにかくこのままではef夫の気が変になってしまうのではと本気で心配するほど絶え間なく痛がる。あんなに我慢強いひとが涙を浮かべて痛がっている姿を初めて見た。なにもしてあげられない。つらい。
19:00 ナースステーションに駆け込み、昨日効いた腕からの筋肉注射をお願いする。が、座薬を入れたばかりなのでもう少し時間をおかないとダメだと言われる。もう少しとはどのくらいかと聞くと、あと2-3時間かな〜だと。そんなの無理だ。気が変になっちゃう。もう限界だよ、耐えられないよ。
19:30 もう一度ナースステーションに走り、なんとか痛みをとる処置をしてもらえないか頼む。しばらくしてチーフリーダーという名札をつけた人が病室にやってきて判断。これを今使ったら朝までもう使えないので今度痛くなっても我慢してくださいよ、と冷たく念を押すように言われる。もうどうでもいい。

20:00 腕に注射。15分程で眠る。その後何度か眠りながら眉間にシワをよせていたものの、朝まで眠れた。


この日は消灯後の暗闇の中ずっと付き添っていたのだけれど
どうにも心細くて涙がポロポロ出た。


29日(月)5:30 目が覚める。痛みだす。ただ昨日よりはまし。
7:30 朝食 1/3位食べる
食後はまたうつらうつらする。時折痛みに顔をしかめるが昨日よりましか?
座ってみたいと言ってベッドの上でゆっくり起き上がる。私の肩につかまり立ってみようと一瞬立つが、すぐさま膝下のずきんずきんする痛みがやってきて再び寝る。
横になってしばらくするとずきんずきんはおさまる。
9:00 担当医が診察にくる。金曜からの経過と症状を話す。ef夫は「手術をしてほしい」と。
2週間前にMRIを撮ったときと状況が違うようだ、手術をするにしても三度目になるのでリスクも高まる、より精密な検査が必要、脊椎の専門医に診てもらった方がいいと担当医。東京医療センターへ転院することになる。
本人が動けないのでMRIの画像と紹介状を持ち私が医療センター整形外科を受診、先生に症状を一生懸命説明する。画像では3-4のヘルニアが認められるがそれほど大きいものではない、おそらく変化しているのだろう、とにかく本人を診察して再度検査をする必要があると。ベッド満床のため空き次第転院することに。
15:30 K病院に戻る。転院を告げると少しホッとする。早くベッドが空いてほしい。
寝ている分には痛みは中程度になってきたが依然として上体を起こすとすぐさま膝下が破裂するような強烈な痛みに襲われる。寝ているしかない。
上体が起こせないととにかく不便なのはトイレ。小は尿瓶を使っていたが、大はずっと我慢していた。そろそろ出さねばいけない頃。ベッド上で寝たまま用の便器を腰を少し浮かせてあてるか、または、おむつか。どちらもどうしてもイヤなef夫は病室すぐ隣のトイレに行くと。距離は3-4メートルほど。私の肩につかまりゆっくりゆっくり歩いて行く。トイレ前で待っていると痛みがだんだん強くなってきたようで声にならない声をあげ耐えている。それでも根性でトイレ終了(こんなときでもウォシュレットでしっかりおしりを洗わないと気が済まないef夫。この非常事態にそんなものテキトーでいいのに。)脂汗いっぱいで部屋に戻り横になる。その後はしばらく激痛にのたうちまわるが、30分程でおさまってくる。
入院してからずっと全く起き上がれなかったことに比べるとほんの少しだけ進歩か。

30日(火)6:00 目が覚めてから2時間位は特に調子が悪い。しかしもう座薬も注射も使っていない。日頃から薬は飲まないタイプのひと。痛み止めでごまかしたくないというひと。
火・水と症状はあまり変わらず。

7月1日(水)9:20 医療センターからベッドが空いたと連絡。明日入院できることに。よし。

7月2日(木)10:00 手配した介護タクシーに乗り移送。
初めて利用した介護タクシー。ベッドからベッドへ丁寧に寝たまま運んでくれた。
この日は大雨。私はたくさんの荷物を運びずぶ濡れになった。
医療センターまでは10分程度。無事病室に入り入院手続きをすませ少しほっとする。

リモコンでベッドの角度が変えられるのが夢のよう。
脚を上げほんの少しだけ頭を上げて、視界が違うと喜ぶef夫。
マットもムアツで快適。PCも使える。
担当医が来る。痛みの部位を細かくチェック。来週火曜にMRIを撮り水曜に脊髄造影検査、神経根ブロックで精密に原因箇所を確認しましょうと。手術をするか否かは検査の結果次第だと。「早くケリをつけたい」とef夫。来週まで寝たままでいなければいけないことにがっくりする。しかしとにかく今は安静にしているしかないのよ。

4日ぶりにPCを開き寝たまま猛然と仕事を始める。といっても少しやって休むを繰り返しながら。
痛みは低め安定。ただし起き上がるとしばらくして激痛がやってくる。ベッドに座って2分が限界。
2分でも大変な進歩です。



エフは土曜にたくさんの男の人がやってきてef夫を担いであっと言う間に連れ去ってしまった一部始終を見ていて、更に長い留守番が続き、早速下痢P(膜はり軟便)になってしまった。。。


入院用の荷物をたくさん持って出掛けるときの玄関。
心配だよね、エフ。


でも月曜から義母が駆けつけてくれて
笑顔が復活しました。
ハンカチ銜えて見せびらかしたりワザと怒られるようなことしています。
寂しいのだよね、えっぷー。


ef夫も寂しがっているよ。
K病院のベッドのサイドレールの
←この部分がエフの鼻先みたいだと言って、痛みに耐えながら「エフーー…」と何度も見つめていました。

というわけで入院生活です。前回と違って先の見通しが明確でなくて不安もありますが、もはやじっくりと検査・治療に専念するしかありません。少し長引きそうですが、根治治癒を目指して頑張ります。