6月29日、エフが旅立ちました。

13才と3ヶ月でした。


昨年の4月に春のドッグドックで初期の腎不全と診断され、薬とサプリメントと食餌と3週に一度の血液検査で経過を診ながら過ごしてきました。ずっと数値は低め安定で穏やかに過ごせていましたが、今年3月16日に急変し一気に悪化、数値的には腎不全の末期と診断され起き上がれず意識もはっきりしない状態になりました。いつ逝ってしまってもおかしくない状態でしたが、エフはそこから驚くほどの回復を見せ3ヶ月半も頑張ってくれました。毎日自宅で1Lの皮下点滴をして美味しいものを食べ家の周囲をコツコツ歩き海で少しだけ泳ぐこともできました。エフの頑張りのおかげで私たちは何度も感動し泣いて笑って本当にかけがえのない濃密な時間を過ごすことができました。

亡くなる前日の朝まで自分で歩いて廊下のトイレに行っていました。

最期は私の腕の中で静かに息を引き取りました。本当に立派でした。

悔いはありません。感謝しかありません。



亡くなる2日前に往診にきてもらいましたが、少し血圧が低い程度で腎臓も働いていて、体の中で炎症や出血等が起きていることもなく、全体の体力低下による自然な衰弱とのことでした。

「久しぶりに会ったのにふわふわのピカピカのままだねえ。」と撫でられて、「エフは凄まじく頑張ってる。」と長年エフを診てくれた先生に言われました。

寝ていたエフは途中で先生に気が付いて「ん?なんでここにいるの?」という顔をしていました。


その日の夜は本当に穏やかな笑ったような顔をしてスヤスヤと寝ていました。

会社帰りにオカリンマンが顔を見に来てくれました。



亡くなる前の日には友人家族が来てくれてたくさん撫でてもらいました。

意識がはっきりせず寝たままでしたが、突然ガバっと上半身を起こしたのには驚きました。最後にみんなにご挨拶をしたのかな。


泳ぐのが好きなエフのためにキレイな海の写真の色紙を作ってきてくれました。


午後、仕事中のオットに連絡しました。早退して帰ってきました。

夕方、呼吸が楽にできるよう酸素吸入器をレンタルしました。


一晩中隣りでずっと見守っていました。
熱が篭ってしまうので酸素マスクを保冷剤で冷やしたりエフの口を湿らせたり肉球をマッサージしたり頭を撫でたりしていました。


そして夜が明けて朝6時40分、私の腕の中で大きく伸びをして大きく息を吐いて静かに息を引き取りました。直前に尻尾が持ち上がって最後におしっことうんも出ました。


立派に逝きました。

よくがんばったね。えらかったね。エフはすごいね。いいこだね。

オットと二人でエフの体をキレイに拭いてリビングのベッドに運びました。

とてもとてもきれいでいつものようにベッドでスヤスヤ寝ているだけみたいでした。


その日はエフの大好きな人たちがたくさん来てくれて撫でられて褒められてエフは嬉しかったと思います。


甥っ子がオンカの食パンを買ってきてくれてエフ一斤独り占めでした。


翌日は父が東名バスに乗ってエフに会いに来てくれました。

エフ嬉しくて生き返らないかなと思いましたがそのままでした。でも今にも尻尾が動きそうに見えました。撫でられてる顔は幸せそうでした。




そして7月1日、お空に向けて出発です。朝から友人家族が最後のお別れに来てくれました

エフは食パン1斤ときゅうりとみかんとおやつたくさんとみんなからいただいたお手紙を持って出発しました。きれいな顔をしていました。出棺の時間は雨でした。私はメソメソ泣いていましたが私1人じゃなくてエフを想ってくれている人が同じ空の下にたくさんいる気がして雨はありがたかったです。

そして家に帰って来ました。


エフらしい明るいお花に囲まれてお花畑にいるようです。エフは幸せだなぁ。ありがとうございます。お花は心が安らぎますね。
ずっとエフの動画を見てしまいます。


エフのいない日常が始まりました。家中どこを見てもエフがいて、でもエフはいなくて、外に出ても車に乗っても同じで、色んなことろで涙が出てきてしまって困りものですが、なんとか普通に生活しています。お腹も空くしご飯も食べています。人と会話もしています。


ef夫は毎晩帰宅するとシャワーを浴びてまずエフにお線香をあげています。



ブログを書くのに時間がかかりました。
ついにエフの旅立ちを記さなければならない日がきてしまった…。

今までエフを可愛がってくださり応援してくださり温かく見守ってくださり本当にありがとうございました。
























ここに貼る写真を選んでいたらキリがなくて何百枚にもなってしまいそうなので最近(ここ2〜3年)の写真だけにしてまた追い追い。